2009年12月

  ブナの森の広葉樹は枯葉を落として冬を過ごす。着飾らず素ッピンの姿で冬の乾いた陽射しを浴びる。なのに、人は着込んじゃうんだよね〜!  
  人世に巣くう鈍感は“人間は動物”である事を見事に忘れさせ、街の砂漠で錆びて疲れた身体に偽油を施すのだ。…やっぱり今年も寒さを愉しもうと思う。冬に見る森の一部始終が温かく愛に満ちているのだから。

 ブナと地衣 
  冬は裸木と雪だけの寒色の世界だと思っていませんか!
でも、歩く先には小動物の足跡や小鳥のさえずりだけじゃない命の営みがあるのです。「地衣」です。岩肌とか樹肌につく藻、カビ達のことです。
ブナの紋様はこの地衣と苔が作っている。
  船形のブナは総じて色黒で、雨など降ると尚更に木肌を濃くし森の気配を一変させる。(藻はカビのおかげで病原体から種(しゅ)を守り、カビは藻から栄養を貰うことで種(しゅ)を守る…らしいですよ)

  この地衣、形も種類も様々で色まである。よく見ると赤、青、黄、緑、黒、白と陣取り合戦の様でも、古地図の様でもあり面白い。
  これがねッ千変万化、ブナの樹の湿り具合で色を浮き立たせる。そう、その日の森の表情(空気感とか気配)を醸し出すのはこの「地衣」なのです。いつなんどきでも入った瞬間、この“森の気配”が俺を迎えてくれる。

  それは自然界のエネルギーを肌で感じて“気”を頂く「森のご褒美」の一つでもある。たまに“俺は森だっ”なんてバカな事を口走りますが、この気配にどっぷりと浸かってみなさい。無機質の渇いた街よりよっぽど居心地がいいんだから。

 ちなみに白神山地のブナは肌が白くスラッと伸びた健やか美人が多い。一年の半分を深い雪に抱かれるからだね、苔や地衣類があまり付かない。そしてきっと土壌が豊かなのだろう。根っこを地中深く張り巡らし姿勢正しく育ちがいい。
  方や船形山、土壌が岩盤だらけで大岩を抱いた樹木が多い。数百年の時をかけて根っこが地表に盛り上がりゴツゴツと荒々しく逞しい。
  それが地衣と共にブナの一つ一つに顔を作る。苦難を生きた証しのように摩訶不思議な姿の樹木が其処此処に在るのです。
  だからね、船形のブナと話をしていると飽きないんですよ。

 冬の幻
   雪に埋もれた谷あいのゴロタ沢を行く。
不用意に踏み外せば落差1,2mの雪穴に落下し岩石に身体を打つか、全身冷水に浸かり気も失せるか?の危険地帯です。
   O沢の冬は両側が滑り台のように急斜をみせて真っ白に輝いていた。
一人悦に入り足を止めたその時、前方20mほどの所で大小の雪玉が賑やかに転がり落ちてきた。間を置かず雪煙と共に滑り落ちて来たのは、見たこともない成牛のような巨大カモシカ!だった。
  一瞬立ちすくんでしまった。あまりの大きさに(此処が升沢である事も忘れ)雪にまみれた伝説の“雪男”に見えた。その姿は、頭の先からつま先まで雪の白さに勝る純白の冬毛色だった。異様に伸びた毛足は顔髭といわず全身を覆いつくし見事に“NUSI”の風貌なのでした。
  以来十数年、畏怖と神々しさのはざまで森通いの中毒症状が続いている。